分断された「士・農・工・商」が「美」によって絡み合っていく過程。共通イメージとしての「日本」の誕生。
連歌や俳諧、茶の湯、歌舞伎、出版……。あらゆる階層の日本人の魂を深く鍛えてきた近世日本の伝統文化。前著『名誉と順応』でサムライ文化の歴史社会学的分析で話題を呼んだ著者が、今回は「ネットワーク」と「シヴィリティ=市民的礼節」をキーワードに、美という結節点が如何にして市民的交際と礼節の文化を生み出し、それが日本人の政治意識やアイデンティティーにまでも深く影響を与えてきたかを分析する。
日本人や、日本に興味のある人なら、俳句、茶、歌舞伎…それぞれに有名人やキーワードの一つや二つは言えるだろうと思います。自分で楽しんでおられる方も多いでしょう。本書では主に江戸時代にこれらの趣味趣向がどのように民衆に広がっていき、人々がどんな様子で楽しんでいたかをありありと描き出しています。まるでテレビでも見ているかのように情景が再現されていくので、傍で「見ている」読者まで楽しくなってくるくらいです。「こんなに盛り上がってたのか」と知らなかったことばかりで驚きつつも楽しいエピソードが満載。
そんな人々が知らず知らずのうちに俳句なら俳句、歌舞伎なら歌舞伎を通じて、身分や藩を超えて直接間接に触れ合うことで、結果として生まれた「緩い結合」は、歴史の表舞台には出てこないが、意識の奥深いところで「日本」を規定していると著者は主張しています。この辺りの話では急にカタカナ用語が多くなり、ちょっと端折りすぎの観がありますので賛否はあるかと思います。しかしながらそれを補って余りあるのがそもそもの論点であります。
そもそも様々な地域に様々な集団が住んでいた日本で、また近世まで確固とした身分制が敷かれていたにも関わらず、日本という文化の一体性が信じらるのは何故か。全国的に共有されている日本の美というイメージ。それが出来上がっていくプロセスを画くことで「日本」とは一体何を意味しているのかが分かるのではないか。
そして著者は 「日本」という一体のものが生まれたのは「幸せな偶然」だった と言います。美しい日本は必然的に、生まれるべくして生まれたとは言いません。その価値について著者は何も明言しませんが、私は「偶然」であればこそ「幸せ」だし、文字通り有り難いことだと感じます。少なくともそう感じるに値する何かがあったのだと思える一冊。
時代劇を観るつもりでダラダラ読もう
日本文化史の読み替えを迫る画期的大著。ピーター・ゲイ、アマルティア・センも推奨。
そ、そんなに凄い本だったんですか。
なお、原文は英語。著者自ら翻訳しています。日本ではあたりまえのことも敢えてそのまま残す一方、日本では一般的でない用語などについては補筆したために「かなりの分量」(568ページ)になってしまったそうですから、ちょっと論旨がボケたところもあるのかもしれません。そのかわり親切な語り口になってますので手にとってしまえば意外とスイスイ読み進められます。
目次
- 美と交際文化の政治学
- 美の国日本と徳川ネットワーク革命
- 市民社会なき市民的礼節―比較論的概観 ほか
- 結社の政治学と美のパブリック圏
- 美のパブリック圏の中世的起源―自由をめぐる儀礼のロジックと連歌
- 中世後期における座の芸能の変容―ヨコの組織原理対タテの組織原理 ほか
- 市場と国家とカテゴリーの政治学
- 浮世からのプロテスト―ファッション・国家・ジェンダー
- 徳川の商業出版 とプロトモダン文化 ほか
- 変幻する日本イメージ
- 美の国日本の誕生
データ
- 単行本: 568ページ
- 出版社: NTT出版 (2005/7/9)
- ISBN-10: 4757141165
- ISBN-13: 978-4757141162